熱ッチィ!!(3)
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「金井さん、彼女と結婚とかしないの?」
金井さんには、風俗嬢で子持ちの彼女がいるのである。
そのことは以前から知っていた。
だがそのことについて色々聞いた事はなかったのだ。
「いやー、今の給料じゃ無理っしょー。
あいつ子どもいるしね。それにほら、あいつ他にも男いるし」
「はい??」
金井さんのあまりにもサラっとした言い方に、
オレは面食らってしまった。
「だからさ、あいつが付き合ってるのはオレ一人じゃないわけよ」
そう話す金井さんは、どういうわけかいつもの口調に戻っている。
「はぁ…」
二股を知ってて容認…どうにもオレには理解出来なかった。
「ほら、あいつ子どもいるだろ、だからさ、
あいつの給料だけじゃどうにもならないワケよ。
でさ、パトロンっつーのかな、
要するに金の世話してくれてる男がいるのよ」
「…それで、金井さんは平気なの?」
「だってオレの稼ぎじゃどうにもならないだろ?
でさ、普通に考えたら、
あいつはその男と一緒になっちまえばいいはずじゃん。
それがさ、あいつはオレと離れられないワケよ。
オレがいないとダメだっていうんだよ(笑)」
自慢げに、嬉々として金井さんはいつものペースで喋り続ける。
「オレが惚れてるんじゃなくて、あいつがオレにべた惚れなのよ。
金のことがあるからその男とは離れらんねぇんだけどね」
「はあぁ…」
金井さんも彼女にべた惚れなんじゃないの、
というセリフはどうにか喉の奥に押し込んだ。
金井さんはまだ何事か話し続けている。
適当に相槌をうちながら、オレは外の暗闇に目を向けた。
そういう、恋愛もあるのだろう。
自分はまだ子どもすぎて理解できないけど。
体じゃなくて心、ってコトなんだろう。
もしくは同じ体でも表面と奥の部分の違い、てコトか。
濃い人生を歩んで、体がボロボロになるほど辛酸を舐めてきた人が、
そこんトコを分けて考えられるんだろうな。
大体、金井さんの彼女は、仕事で毎日違う男のモノを咥えてるワケだし。
他の男に抱かれても、心と体の深い部分が自分のところにあればいい、と。
…うーん、やっぱりオレには無理だろうな…。
そんな事を考えながら静かになった運転席を見ると、
金井さんはすでに眠っていた。
…全く、この人は眠るのまで速い。
フッ、と小さなため息をつき、オレも体を後ろに倒し、タバコに火をつけた。
それにしても…と思う。
金井さんクラスは無理だけど、
惚れて、惚れられてりゃ他の事は大して気にしない、
そんな考えをもっとできていたら、
オレも今まで付き合った女との接し方が変わっていたのかな。
綺麗なモンだけ求めても、どうにもならない。
奇麗事じゃ、やっていけない。
汚い事だって、やらなきゃ生きていけない。
大人になるってこと、それは汚い事も覚えていくということ。
だけど、汚いものにまみれても綺麗なものを見失わない、
それも大人になるってこと。
そうはいっても、きれいなものを見失わないって事は…
思考がメビウスの輪になりかけたところで、
オレの意識も徐々に薄れていった。
…一時間後、
仮眠どころか熟睡してしまったオレたちは大急ぎで店に戻り、
残りの時間を気まずい空気の中で仕事する羽目になったのだった。
オレが「藤沢」を辞めてから一年ほど後、
金井さんが店を辞めたという話を聞いた。
結婚して田舎に引っ込んだのだという。
金井さんの結婚相手が、この話の風俗嬢なのかどうかは知らない。
でも、相手がどんな女だろうと、
あのオッサンは「あいつがオレに惚れてんだよ」と、
ニヤけた顔でうそぶいているだろう。
そんな事を言いながら、家族を養うために、
真っ当な仕事に就いてテキパキ働いているに違いない。
そしてきっと、
気に入らないことがあると「熱ッチィ!」と叫んでいるのだろう。
辺りに響き渡るウルサイ声で、ね。