熱ッチイ!!(1) | 吹き溜まりの雀たち

熱ッチイ!!(1)

オレが雀荘「藤沢」で、バイトを始めて二日目のことだった。
使い終わった卓の、牌掃(はいそう/牌を掃除したり、自動卓のメンテナンスをすること)をしていた時のことだ。


まだ仕事に慣れているわけもなく、手つきもおぼつかない。
そんなオレの下家(しもちゃ)側(卓に座った時の右側)に、社員の金井さんという人が腰掛けた。
「麻雀、うまくなりたい?」
唐突に、金井さんは聞いてきた。
「はい、なりたいです」
突然質問されたオレとしては、当たり前で飾りっけのない答えだが、
こう答えるしかない。
「そうか。あのな、メンバー(店員のこと)として『麻雀がうまい』ってのはさ、ただ勝ちゃあいいってワケじゃないのよ。
お客さんに認められて、初めて『うまい』ってことなのね。
お客さんに認めてもらうには、牌を扱う手つき一つとっても、
しっかりしてなくちゃいけない。
でさ、この牌掃はさ、牌をなめらかに扱う練習でもあるワケよ。
だから、がんばってやりな。目標は、十分で終わらす。
そうやって一つ一つがんばっていけば、絶対、麻雀うまくなるから」

金井さんが早口でまくし立てる間、オレはただ、うなずきながら聞いていた。

それからの日々、オレは時計を見ながら牌掃をするようになった。
十分で終わらせても、牌が汚なかったら何の意味も無い。
初めのうちは、どんなにがんばっても十五分を切ることすらできなかった。黙々と、時計と格闘し続ける日々。

数ヵ月後、オレは十分もかからずに牌掃を終えることが出来るようになっていた。

金井さんは、オレが入店した時点で、まだキャリアは半年ほどだった。
年齢は34歳。
オレの目から見ても、お世辞にも麻雀がうまいとは言えなかった。

にもかかわらず、先ほどのような言葉が出てきたのは、
体験からの実感だったからであろう。

この仕事は、麻雀で勝てなければ本当にツライ。

店のシステムとしては二本立てで、まず一つは客が団体で来て、
店が卓を貸す「セット」。これはカラオケなどとほぼ同じシステムで、
一卓一時間○円、というふうに客は料金を支払う。
もう一つが、客が一人や二人、要は麻雀ができない人数で来て、
それらの客が集まって卓をたてる「フリー」である。
こちらは一半荘(はんちゃん/一ゲームのこと)につき、「藤沢」では一人が四百円支払う、というシステムだ。

このフリーは当然、客が四で割れない人数になる場合がある。
この時、メンバーが人数を合わせるために麻雀に参加する。
客に注文される飲み物や食事を運ぶだけでなく、
このもう一つの仕事があるために、「店員」ではなく「メンバー」と呼ばれるのである。
この、麻雀に参加する仕事を本荘(ほんそう)という。

この本荘が大変なのだ。
当然、麻雀で勝ったり負けたりした分は、給料にそのまま反映される。
これだけ聞けば、プラマイゼロを目指せばいいように聞こえるのだが、
実はそうではない。
メンバーも客と同じように、一ゲームにつき四百円を支払わなければならないからである。

確かに客と同じ条件ではあるのだが、客は金がなくなったり、
疲れたらやめればいい。
しかし、メンバーは客が4の倍数にならない限り、
半強制的に打たなければならないのである。

例えば、月に百半荘打ったとする(これでも少ない方)。
するとゲーム代だけで四万円マイナス、
つまりマージャンで月に四万円勝って初めて「プラマイゼロ」なのだ。
しかもただ勝てばいいのではなく、
客の気分が悪くならないように勝つ、
という相当にやっかいなハードルを越えなければならないのである。

(熱ッチイ!!(2)へ続く)