sea wind | 吹き溜まりの雀たち

sea wind

梅雨が明け、
北海道出身のオレにとっては 地獄の季節がはじまろうとしていた、
そんな日のことだった。


一組のカップルが、店に来た。


「いらっしゃいませ。ご新規様ですね」

「あ、はい!」
ハキハキした口調で、男の方が答える。


茶髪で色黒。
…だけど、そこら辺のギャル男とは、
ちょっと雰囲気が違った。


女の方もそう。
金に近い茶髪で、うっすら焼けた肌。
なのにどこか清楚で落ち着いた雰囲気。
顔にうっすら小ジワがあるところをみると、
男の方よりちょっと年上かなぁ…?


そんな事を思いながらルールの説明を終え、
卓に案内する。


「僕も一緒に打ちますんで、
何かわからないことがあったら聞いて下さいね」

そう言うと、二人ともちょっとホッとした顔になった。


「ありがとうございます。
実は、雀荘に来るの、初めてなんス!」
そう言って、男の方が笑顔をみせた。


サワヤカなんだ、これがまた。


「カップルで麻雀を楽しむって、いいですよね。
お名前を伺ってよろしいですか?」


「篠田といいます」


「お連れ様の方は…」


「あ…あたしも篠田なんです(笑)」


「あ、ご夫婦でしたか。失礼しました(汗)
僕は澤山と申します。よろしくおねがいします」


なるほど。
そこら辺にタムロしてるやつらとは雰囲気が違うワケだ。


家庭を築いてるんだもんな。



打ち始めると、やはり二人とも手つきがおぼつかない。
しかし少し経つと余裕が出てきたのか、
ダンナさんが話しかけてきた。


「澤山君っていくつなの?学生さん?」


「はい、大学生です。年は19です」


「まだ未成年なんだー。
こんなとこ…は失礼だね、
でもここでバイトしてて大丈夫なの?」


「いやぁ…大丈夫っていうか…
本来、店が営業してる事自体、
法律的には大丈夫じゃないっていうか…(苦笑)」


「ハハ、じゃぁ澤山君も大丈夫じゃないじゃん(笑)。
でも、僕らにとっては店が開いててくれたほうが嬉しいね」


敬語じゃなくなっても、全く無礼さを感じない。
むしろサワヤカさが強調されて、
すがすがしくなるような話し方だ。


「よくご夫婦で遊びに出るんですか?」


「うん、明日の朝もサーフィンしに行く予定でさ、
それで興奮して眠れなくなっちゃって。
昔からオレ、ほら、遠足の前とかさ、
ワクワクして眠れないのよ」


「へぇ、サーフィンですか!
よく行かれるんですか?」


「うん、毎週のように行ってるよ。
こいつとの出会いも九十九里だしね」

指をさされた奥さんが、ニッコリ微笑む。



…納得その2。
日サロじゃなく、本物の太陽で焼けた肌。
潮風を浴びまくった体。


そりゃぁ、二人ともサワヤカな訳だ。




その日以来、篠田さん夫妻は、
毎週のように店に来た。


どうやらオレを気に入ってくれたらしく、
彼らは初めての、
「オレ」に会いに来てくれる客になった。


オレ自身、篠田さん夫妻に会うのが本当に楽しみだった。
海の側で育ったせいかもしれない。


初夏の深夜、蒸し暑さが際立つ店内に、
彼らはいつも海の風を運んできてくれたのだから。



そして何より、
彼らは本当にいい夫婦―
というか、つり合いのとれた夫婦だった。


何度か一緒に打っていてわかったのだが、
ダンナさんは、勝負が終われば
勝っても負けてもサバサバしているが、
勝負の最中は熱くなってガンガン行くタイプ。


逆に奥さんは、
冷静に一歩引いて全体を眺めている感じ。



―あぁ、きっとこの二人は、海でもこうなんだろうな。


荒い波にどんどん向かっていくダンナさん。
それを心配そうに見つめながら、
自分の乗る波を選ぶ奥さん…。


なぜか、少しホッとしたオレがいた。





そんな週末が三ヶ月ほど続き、
残暑も終わろうとしていた季節のある日。


いつものように篠田さん夫妻は二人で来たのだが、
ダンナさんが松葉杖をついていたのである。


「篠田さん、どうしたんスか!?」


「いやぁ、ちょっと無茶しちゃってさ…」


聞けば、骨折してるとのこと。
心配だったが、
オレにできるのはそれだけで、
雀荘に来てできることは麻雀しかない。


とりあえず打ち始め、
一半荘(ゲーム)目が終わると、
オレとダンナさんがトイレに立った。


「いやさ、実はあいつ、
オレが骨折してからあんま口きいてくんなくてさ…」


「でも、一緒について来るってことは、
やっぱ心配してるんじゃないッスか?」


「だよね?やっぱ愛されてんだよな」


…ちくしょう、こんなクサいセリフを
サワヤカにサラッと言えちゃうアンタ、
かっこいいいぜ。


「…結局ノロケじゃないッスか(笑)」


「ハハ。…そう、話変わるけど、実はさ、
オレら、四国に引っ越すんだ。転勤でね」


「え?四国…」


「うん、だからさ、
澤山君にも会っておきたいなぁって」


…やっぱ、かっこいいよ、ダンナさん。
そりゃ、奥さんも惚れるよ。
折れた足引きずって、
オレなんかに会いにきちゃってさ…。


「寂しくなるけど…
オレ、サーフィンはやらないけど、
海が恋しくなる人種ですから。
きっと、またいつか会いますよ。
海か雀荘で、ね」


「だよね!よし、今日はとことん打つよ!」


「奥さんに叱られない程度にですよ(笑)!」


松葉杖をついてトイレを出るその後ろ姿は、
なぜかたくましく見えた。



…そう、連絡先の交換なんて、しなくていい。


きっとまた自然に、海の風と麻雀牌が、
オレとこの夫婦を引き合わせてくれるだろう。



彼らとの出会いが、そうだったように。





今日も彼らは、きっとどこかの海に出てる。
そしてたぶん、10年後も、20年後も。


ダンナさんが、サワヤカに笑ってる。
奥さんが、優しく微笑んでいる。


海の波と、潮風に包まれながら。