風の旅人 | 吹き溜まりの雀たち

風の旅人

風の吹くまま、気の向くまま。
ダメ人間上等。


お天道様が向く方に…
あ、やっぱ今日は逆に行こうか。





「ケッケッケ。澤ちゃん、まだまだだなぁ」


大きな腹をゆすりながら笑うその客、
小森さんにオレは負け分を支払った。


「カッカッカ。そいじゃ、またなー。」


「次は負けませんよー!またおこし下さい!」


肩の揺れる後姿に、オレは負け惜しみを投げつける。
小森さんはチラリと振り向き、
ニヤリと笑って帰っていく。



…全くもって、喰えないおっさんだった。


とにかくいつもフラっと来ては、
テキトーに遊んで帰っていく。
…そのくせ、やたら強いときてやがる。



社会的地位、肩書き一切無し。
明日は明日の風が吹く。
それが、小森さんという人だった。



まず、特定の職に就いているという話を聞いた事が無い。


今日、道路工事現場で働いていたかと思えば、
次の日には辞めてしまっている。


ワケのわからん壷を売ってみたり、
無修正の裏ビデオを「5本で一万!澤ちゃん、買わねぇ?」
とかやってみたり…。(もちろん、買ってません…)



で、そうやって得たあぶく銭を、
麻雀やらパチンコ・パチスロなんかで増やして(ここがすごい…)、
無くなるまであっちこっちで遊ぶ。


で、またテキトーに金を稼ぐ。この繰り返し。



こんな生活をいつから続けているのか知らないが、
当時の小森さんは40代の半ば。当然、独身である。


「よーく考えよー♪お金は大事だよー♪…カッカッカ」


おい、おっさん…。


全く、ある意味、仙人とは逆方向の世捨て人だった。





紅葉が終わり、冷たい風が舞い始めた季節の事。


「うーい。今日もボチボチいこーかぃ?」


大きな腹をポンポン叩いて、
小森さんが店に入ってきた。


「あ、小森さん。今日は負けませんよ」


オレは勢い込んで小森さんを迎えた。


「負けてもいいんだよー、
 勝った額より少なければね。
 ケッケッケ」


大きな腹がタプン、と波打った。



打ち始めてから程なく、
小森さんが話しかけてきた。


「あー、オレさ、ちょっくら東北の辺りで行商してくるわ」


「行商…ですか?」


「おぉ、ま、んなわけで、しばらく来ないけど、
 その間に強くなってろよー、クックック」


全く、ホントに気ままな人だ。
目の前の事、あるがまま、ってなノリでね。
毎日、風を感じて生きているんだろうな。


汚れた風も、澄んだ風もごちゃまぜで。


「…帰ってきた時、今までの負け分全部取り返しますよ」


「おーおー、やってみなさいって、ケッケッケ」



…その日も、小森さんはキッチリ勝って帰ったのであった。



無事に帰ってくるといいけどな。
病院のベッドで死ぬような人じゃないし、
野垂れ死にしなきゃいいけど…。


いつ、帰ってくるのかな。
また、一緒に打ちたいな…。


いつもやられてるけど、
なーんか…教えられる事、多いんだよな…。



オレはちょっぴり切ない思いで、
窓の外の暗闇を見つめていた。






…次の日。


「うぃー、どもどもー」


店に現れたのは、行商に行ったはずの小森さんだった。


「あれ?小森さん…?」


「いやー、よく考えたらサ、これから冬だろ?
 東北なんか行ったら、寒くて大変だからさ。
 やっぱ行くの辞めたわ、カッカッカ」



おい、おっさん…。


心配した分、返せやコラ。