だから、吹き溜まりにいるんだよ | 吹き溜まりの雀たち

だから、吹き溜まりにいるんだよ

オレたちゃ、不器用だから、ね。


もったいないって言われても、

バカみたいっていわれても。


こんな生き方しか、できねぇんだもん。









冷たい風が、街を刺すように練り歩く、

そんな季節のことだった。



「サワぁ、買出し付き合えよー。メシ、奢ってやっからさ」


夜番の仕事が終わったクタクタのオレを、

朝番の橋田さんが店の買出しに誘った。


何のことはない、店に荷物を運ぶ労働要員として、

オレをメシで釣ろうというのだ。


「んー、何奢ってくれるんスか?」


「ホカ弁だよ、ホカ弁。

 オレが上等なモン奢れるワケねぇだろ!

 それでも、付き合ってくれるよな、な?」


「しょうがないっすねぇ…(笑)」


ここまで拝むように頼まれたら、

年下のオレが断れるはずもない。


結局オレは、ホカ弁一個で、

時間外労働を引き受けることにしたのだった。




元々橋田さんは、『藤沢』系列店の、

高レートの店で働いていた。


だが、致命的な点があったのである。


それは麻雀に勝てない、という、

最も単純かつ深刻な問題だった。


高レートの麻雀で負け続ければ、

当然給料など残らない。


それで結局、

レートの低いウチの店に異動してきた、

というワケだった。


ウチでなら負けが込んでも、

給料が全部無くなる、

という事にはならないから…。




「サワぁ、そんじゃ、オレ先帰ってるよー」


買出しの準備を手伝うオレに、

同じ夜番の波多野さんが、

含みのある笑顔で手を振った。


ったく、オレだって早く帰りたいっつーの…


オレはたぶん、相当うらめしそうな顔で、

エレベーターに乗る波多野さんの背中を見つめていたと思う。




波多野さんは、橋田さんとは正反対だった。


何がって、麻雀の腕が。


波多野さんは大学在学中に、

麻雀のプロ資格を取得していた。


といっても当然国家資格なんかじゃなく、

麻雀団体が発行してる資格だから、

公的には何の価値もないのだが、

麻雀業界においては一応それなりの肩書きになる。


そして大学卒業後数年経って、半ばスカウトに近い形で、

ウチの店に入ったのだった。





「橋田さん…何でこんなに買い物するんスか…?」


「グチらない、グチらない。

 一番高い弁当買ってやるから、な?」


一時間後、オレは両手いっぱいにビニール袋を抱え、

ホカ弁で手を打った事を心から後悔していたのであった。









それから、一週間ほど後。



その日の仕事中、外は雪交じりの雨が降っていた。


窓の外の景色は、

街そのものが固体と液体の間になってしまったようで、

あやふやな世界に見えた。

日が昇ってみぞれが止み、外が明るくなっても、

外の世界のにごりは消えていなかった。


少なくとも、オレにはそう思えたんだ。




夜番の仕事が終わり、

朝番に仕事を引き継ぐ時、異変が起きた。


いや、起こっていた。



「あれ?橋田は??」


波多野さんが、他の朝番のメンバーに聞いたところ、

橋田さんは昨夜から社員寮にも帰っていないという。


でも荷物はあったから、

バックレた訳ではないだろう、と。



事故にでも遭ったか。

それとも、何か事件に巻き込まれたのか。


オレと波多野さんの目が合う。



兎にも角にも、仕事を朝番に引き継ぎ、

オレと波多野さんは橋田さんを探しに出た。


波多野さんの顔には、焦りが浮かんでいた。


たぶん、オレも同じだったのだろう。




橋田さんの行きそうな店を片っ端から当たっていく。


ゲーセン、ビリヤード場、開店したばかりのパチンコ店…




探し始めてから、何店目に訪れた店だったろうか。


とある漫画喫茶の店員に、

橋田さんの名前と特徴を伝えたところ、

今店の中にいる、というのである。


「っだよ、アイツ、ただのサボりかよ!」


波多野さんの大げさな舌打ちが響いた。




オレと波多野さんは店員の了承を得て、

店の中に入っていった。



そして、

勢い良く橋田さんのいる個室のドアを開けたのである。




橋田さんは、飛び上がるように椅子から腰を浮かし、

目を見開いてオレと波多野さんを交互に見つめた。



その、見開かれた目からは…


涙が、流れ出ていた。


オレ達が、ドアを開ける前からのものだった。





「どうした。…疲れた、か」


波多野さんの顔には、

先程舌打ちした時の様な苦々しさではなく、

優しげな笑みが浮かんでいた。


橋田さんはオレ達から目をそらし、

そのまま背を向けた。



…もしかしたら、こういう時って、

優しくされた方がつらいのかもしれない。



橋田さんの背は、小さく震えていた。



「…店、行くぞ。勝てないからってクサっても…、な」


「…はい」


橋田さんが、消え入りそうな声で呟いた。






漫画喫茶から店に向かう道中、

オレと波多野さんが並んで歩き、

4、5メートルほど離れて橋田さんがついて来る、

という格好だった。




オレの隣で、波多野さんがふと、呟いた。


「おれたちゃ、不器用にしか生きられないもんな。

 器用に世渡りできるなら、こんなトコにいねぇよな」



…オレは、何も答えられなかった。


答える代わりに、空を見上げていた。



空は、灰色だった。



…やっぱり、昨晩からのにごりは、

まだ消えていない気がした。










オレ達は、生きるのが下手糞だから。


上手になんて、生きていけないから。


風に吹かれあおられて、

気付いたらこの吹き溜まりにいたんだよ。




…ここで、もがいて生きてたんだよ、ね。