イリーガル・パワーゲーム | 吹き溜まりの雀たち

イリーガル・パワーゲーム

そういやここは裏の世界。


のほほんとしていると、
ついつい忘れそうになるけどね。







その日―ある土曜の夜の事。

土曜の夜といえば、
庶民的娯楽施設のかきいれ時。

「藤沢」も例に漏れず、
満卓という混雑振りだった。


「おーい、澤ちゃん、コーヒーちょうだい」


「はーい、ただいまー」


次から次へと入る注文をさばきながら、
山の様に溢れかえる洗い物を片付けていく。


洗い終わったグラスを積み上げていたその時、
店内の喧騒に怒声が混じった。



やっべー、喧嘩かよ…。



他のメンバーや店長と目配せし、
皆で喧嘩を止めに入る。



口論をしていたのは、
川村さんと向井さんという二人の常連さんだった。


川村さんはガタイのいい建設業のおにいちゃん。


対して向井さんは、初老といってもいい年齢の、
小柄なおっちゃんである。
しかしこの向井さん、
暴力団関係に顔が利くとかで、
非常に血の気が多い困ったおっちゃんなのである。


どちらも、
ナメられたまま黙って引くような人種じゃない。
全く、やっかいな状況だった。


どうやら、麻雀中の態度について、
川村さんが向井さんに注文をつけたらしく、
向井さんは「若造の分際で」と喚いている。


そのまま、
あぶなっかしい睨み合いがしばらく続いたが、
店長が間に入って仲裁し、
向井さんが店を出て行ったので、
どうにかその場は収めることができた。


店内中に「はぁ~」という安堵の吐息が充満する。







もしかしたら意外に思われるかもしれないが、
「藤沢」ではこういうトラブルは少なかった。


まず、レートが低いので、
金銭的なトラブルが起こることはまずない。


小銭の受け渡しを間違えたくらいで大騒ぎするような人は、
初めからギャンブルなんてしないんだから。


そして何より、
雀荘の深夜営業は違法だという事を、
客も承知なのだ。


警察沙汰になるような面倒を起こしたら、
深夜の雀荘で賭博に参加している、
客自身も警察のごやっかいになるのである。


そんなワケで、
収集がつかなくなるような事態になることはまず無い。


しかしまぁ、それでもごく稀に、
事件性を含んだ事態に発展することもある。


そんな時に「警察」という力を頼むことはできないので、
そこはやはり違法営業をしている店、
裏稼業の人達とも繋がっている。
その力を揉め事に対する抑止力としているワケだ。


藤沢グループのバックは、
東京に本部を構えている、とある組だった。


藤沢グループの会長が、
以前その組の代打ちだったそうだ。
(代打ちとは、簡単に言うと、
 組の麻雀での稼ぎを請け負う人の事)


違法な組織の力が抑止力になるなんて、
何とも皮肉な話だが。


とはいえ、繰り返しになるが、
大きな揉め事なんてほとんど無いので、
バックの組の存在が表に出るような事は
まずありえないのである。


店で働いていたオレ自身、
その存在を感じたことはほとんど無かった。






その夜も、
向井さんが店を出て行った時点で、
普通なら問題は終わったはずだった。


ところがその一時間ほど後。


帰ったはずの向井さんが、
勢い込んで店に入ってきたのである。


向井さんは、
川村さんを店の外に連れ出そうとしだした。



嫌な予感…。



どうにか向井さんをなだめ、
オレ達メンバーがビルの一階まで降りていくと…。


案の定、どう控え目に見ても
チンピラにしか見えない男が5~6人、
ズラリと並んでいた。





テンゴ(千点50円)の庶民向けの店に、
ヤーさん連れて来るかよ普通…(泣)





オレ達は半泣きで、
とにかくひたすら頭を下げた。


どうか帰って下さい、と。


幸いにもそのチンピラ達は、
どうやらよく事情もわからずに
連れて来られたらしく、
店長が少し離れた場所に連れて行き、
何事か話し込んだ後、
おとなしく帰って行った。


こうなると向井さんも、
これ以上ゴネるわけにもいかない。


不承不承、といった感じで帰って行った。



こうしてこの件は、
どうにか事無きを得たのである。







それから数日後。


ひょっこり、
向井さんが店に顔を出した。


どうやら先日のことを謝罪しに来たらしく、
店長に頭を下げている。


店長は、まぁ済んだ事だし、と言いつつも、
向井さんに出入り禁止を告げた。
ああいう事を起こしてしまったのだから、
その処分は致し方ない所だろう。



向井さんの帰り際、
ふと彼の右手が目に入った。


…その小指の付け根には包帯が巻かれ、
そこから先は無くなっていたのだった。





後日聞いた話だが―


向井さんは、
あのチンピラたちが所属する組の、
幹部の友人だったそうだ。


チンピラ達にしてみれば、
幹部の友人に声をかけられたら、
一応ついて行かない訳にはいかない。


しかしついて行った先は、
他の組がバックに付いている店。


チンピラ達の組の上層部にしてみれば、
たかがテンゴの雀荘での小さな揉め事、
しかも組織外の人間が起こした事が、
他の組とのゴタゴタに発展するなんていう
バカげた話は笑い話にもなりゃしない。


結局向井さんは、組織外の人間のくせに、
勝手に組の若い衆を連れ出した、
その責任を負わされたということだった。







…虎の威を借るのも、ほどほどに。


うっかり前には狼がいて、
気づけば自分が虎に喰われ、
行き着く先は虎のクソ。


最後は銀蝿あたりの糧にしかならない。




彼等は、そんなに優しくないよ。