吹き溜まりの雀たち -2ページ目

蜃気楼に浮かぶ顔

ゆらゆら揺れる夜の街の蜃気楼。


あっちこっちでコインが投げられる。
表が出るか、裏が出るか。


どっちの顔がお好みですか?

…きっと、どっちにしても大して変わらない。
どうせ、蜃気楼の中の出来事だから。





「澤山君、大学はどうなの?」


そう話しかけてきたのは、
高校で数学の先生をやっている柿田さんだった。


「えぇと…ま、まぁ、ボチボチです…」


深夜の雀荘でバイトしている人間が、
学業をおろそかにしていない訳がない。


「ハハ…マイペースでいいから、
 勉強もちゃんとしなよ」


微笑みながら言う柿田さんに、
オレはハイ、と小さく答えるしかなかった。



柿田さんは、とても優しい人だった。
いつも笑顔を絶やさず、誰にでも柔らかく接するので、
他の客にも好かれていた。


きっと、学校でもそうなんだろう…生徒達にも、
信頼される良い先生なんだろうな…
柿田さんの笑顔を見ると、オレはいつもそう感じたのだった。




ある日、柿田さんと一緒に、
佐藤さんという女性客が帰った事があった。
佐藤さんはまだ十代のソープ嬢。


「色々大変なんだよ…」


それが口癖だった。


どうやら彼女は柿田さんに相談に乗ってもらっているらしく、
その日以来何度も一緒に帰っていた。



もしかしたらあの二人、うっかりデキちゃったりして…
雀荘で知り合った年の差カップル。
高校教師とソープ嬢。
なんだかちょっと、ドラマチック(笑)。


オレはそんな風に考えていたのだが…
事はそう単純にはいかなかった。




二ヶ月ほど後のこと。
佐藤さんが血相を変えて店に入ってきた。


「サワちゃん、柿田さんいない?」


「いませんよ…っていうか、
 最近見ないですねぇ」


「そう…あのさ、ちょっといい?」


「あ、はい…」


そう答え、店長に目くばせするオレ。
ちょっとしたモメ事の雰囲気を感じ、店長が小さく頷く。


佐藤さんに連れられ、ビルの非常階段に腰掛ける。
店内の喧騒が遠くに感じられた。


「柿田さんの連絡先とか、知ってるワケないよね…」


「えぇ…。店からお金を借りない限り、
 そういうのは聞かないです」


「あの人、携帯変えたらしくて。
 連絡取れないんだよ」


「そうですか…先生といっても、
 どこの学校かまでは聞いてませんし…」


佐藤さんは、イラついたように声を荒げた。


「あたしね、お腹にあの人の赤ちゃんいるんだよ!」


うっわー、そういうことか…。


「それは…えぇと、とにかく…
 柿田さん、そういうの無責任な人には
 見えませんでしたけど…」


「あたしだってそう思ったよ!
 だから、つけないでしてもいいや、
 って思ったんだもん。そしたらあの人、
 『オレの子とは限らないだろう』って。
 それっきり、連絡つかないんだよ…」


そう言って佐藤さんは顔を覆った。


頭の中に、柿田さんの笑顔が浮かんでいた。
目の前には、顔を覆ってうずくまる佐藤さん。
どうしても、繋がらなかった。

なぜ…と何度も頭の中の柿田さんに問いかける。


「…ごめんね、サワちゃんには関係ないのに」


「…いえ。もし柿田さんがお見えになったら、
 連絡入れますよ」


「うん…お願い」


そういって佐藤さんは、
自分の連絡先を書いたメモを渡し、帰っていった。



オレは店内に戻り、店長に事情を説明した。


「まぁ…そういうこともあるだろうな」


店長は苦い顔でタバコに火をつけた。


「でも…あの柿田さんがそんなことって…」


「別に、不思議じゃないよ。
 自分の教え子と同じ位の年の、
 風俗嬢をはらませた…ってんじゃ、
 周りになんて言われるかわかったもんじゃないし」


フッ、と店長が小さくため息をついた。


「まぁ…珍しい話じゃないけど、
 何度聞いてもいい話じゃないよな」


オレは無言でコーヒーをつくり、それを啜った。
砂糖は、入れなかった。




オレにもある、様々な顔。
どれが、ホントのオレなんだろう?


みんな、わかって使い分けてるのかな。
それとも、色んな顔がたゆたっていて、
不意に違う顔が出てきたりするのかな…。



青白いタバコの煙が、ゆらゆら揺れていた。




体様

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     「明日などいらない」


     そうは言っても、今日生きるための体様。



     日の光、大地の恵み、体様。


     体は正直…ホントだね。

空を見上げて

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     都合の良い言葉は、あちこちに溢れている。


     周りの流れ、世間の流れ。


     思う様にやる、ってのは意外と流される。

     だから、感じたままにやる。


     流されるんじゃなく、流れていく。




     迷った時は、空見りゃいいさ。

泡沫

シャボン玉が、フワフワ飛んでいく。
屋根を越え、電線を越えて。


もう少し、まだ飛べる。


…小さく、風にあおられた。
シャボン玉が、弾け飛ぶ。


一瞬、虹色に輝く霧。


後には、何も残らない。






窓の外は、
相変わらずネオンの光がギラギラしていた。


男も女も街そのものも、毒蝶のような厚化粧。
人を誘い、金を誘う。


そんな中、うちの雀荘は1ゲームでウン千円の取りっこ。
あぁ、なんて健全なお店なんだろう。ハッハ。


ガタン。


エレベーターが店のある6階で止まる音。
客が来た合図だ。


「いらっしゃいませー」


オレはさっきまでの自虐的な顔を消し、
仕事用の笑顔を投げかけた。


今日もまた迷い込んできた、二匹の毒蝶に向かって。



「桜田さん、いつもご来店ありがとうございます。
 お二人様ご一緒の卓がよろしいですか?」


「ああ」


「それですと…あちらの卓が、
 ちょうど次に2カケ(二人抜けるということ)ですので、
 もう少々お待ち下さい」


そうオレが言うと、
桜田さんと連れの女性は無言で待ち席に腰掛けた。



桜田さんは、不動産会社の社長さん。
無愛想で、あまり多くを語らない人だった。


いつも連れ歩いている女性は東南アジア系の人で、
一目で水商売とわかるナリだ。
桜田さんと親しい角田さんという客の話では、
この女性は桜田さんの愛人というか…
まぁ、そんな関係だそうだ。


この二人がウチの店に来るようになったのは、
いつの頃からだろうか…?


いつも同卓で隣同士に座りたい、というこの二人に、
はじめはオレたちメンバーもレツを疑った。


レツとはいわゆる「コンビ打ち」で、
要するにあらかじめ二人で示し合わせておくことで
勝ちやすくしよう、というものだ。


だが、そんな疑問はすぐになくなった。


二人ともそんなレベルではなかったし、
何より女性のほうは麻雀も日本語も覚えたて、
といった様子だったから。


そうしてこの二人は、
特に咎められる事もなく、
いつも二人同じ卓の隣同士で打っていた。




そんなある日のこと。
ある客が、桜田さんをチャカした事があった。


「桜田さん、
 囲ってる女いつも侍らせて、
 いいご身分だねぇ」


ヘラヘラと笑いながら揶揄するその客を、
桜田さんは睨み付けた。


「黙ってろよ。
 これが、オレなんだよ」


…一瞬、その場が凍りついた。
桜田さんをチャカした客は、口をモゴモゴさせている。


その時の桜田さんの目に宿っていたものは…


自分が馬鹿にされた事への怒り?
それとも、目の前のアホな客への嫌悪感?


いや…


あれは、何というか…狂気。
それを、必死で奥に押さえつけている―
そんな感じだった。





それから、数ヶ月後。
いつもの、濁った夜の事。


ガタン。


エレベーターが止まる音。


来た客は、桜田さんと親しい角田さんだった。


「いらっしゃいませ。
 えぇと…次、抜ける方がいますんで、
 もう少々お待ちください」


角田さんは待ち席に腰掛けると、
重そうに口を開いた。


「サワちゃん、あのさ…桜田さんなんだけど」


「あぁ、そういえば最近お見えにならないですねぇ」


…一瞬の間の後、角田さんははっきりこう言った。


「消えたよ」


生きているのか、死んでいるのかもわからない。
ただ、はっきりしているのは「消えた」という事だけ…。


角田さんの話では、
桜田さんの不動産会社が倒産したのだという。


逃げたのか、それとも…。


「景気悪くなって、
 銀行から融資受けられなくなって、
 そんでまぁ…ね、
 ヤバイとことか、色々…
 金、借りてたみたいだから」


「あの、いつも連れてる女性と逃げたんじゃ…」


「はは…それはないよ。
 あのホステスはさ、
 ただ金で繋がってただけだから。
 彼にしてみれば、女を連れて歩くことが…
 自己顕示っていうか、それが意地、
 プライドだったんだろうね」


彼女は既に、別の金ズルを見つけているそうだ。
今度のパトロンは、特に麻雀好きではないらしい。



オレは無言で角田さんの前にコーヒーを置いた。


角田さんは、苦い顔でコーヒーを啜っていた。





そう。


自分を保つことは、そんなに簡単じゃない。


金だけのくだらない関係、
そんなものにしがみ付かなきゃ、
自分自身を保てなかった桜田さん。


全てが切れて無くなって、
本当にいなくなった桜田さん。




バブルが弾けた後の壊れかけた日本じゃ、
こんな話、珍しくも何とも無い。


大企業も銀行も、バタバタ潰れた時代。



…こんな話が、
そこら中にゴロゴロ転がってるんだよ。

ディープインパクト

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(画像:http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200505290085.html より)




     何度も、ビデオを見返した。


     その領域だけ、世界が違っていた。


     簡単に、「そこ」を超えていける存在。

     簡単に、「その」向こう側が見える存在。



     …魅せられずにはいられなかった。

自分

自画像




     その先に、何が見えるだろう?



     皆、最後に行き着く場所は「死」だと知りながら…

     その過程を作りたい。知りたい。


     だから毎日生きていて、

     だから毎日メシ食ってクソして寝てる。


     一番最後、ゴールは皆同じ。

     だから、そこまでの行き方と生き方が、大事。


     じゃなきゃ、オレがオレじゃない。

都会の夜

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     毎日毎日…


     星がきれいに見えないねぇ。


     夜の光がくすんでる。

     光も闇も無い世界。



     モヤがかかったこの世界。 

sea wind

梅雨が明け、
北海道出身のオレにとっては 地獄の季節がはじまろうとしていた、
そんな日のことだった。


一組のカップルが、店に来た。


「いらっしゃいませ。ご新規様ですね」

「あ、はい!」
ハキハキした口調で、男の方が答える。


茶髪で色黒。
…だけど、そこら辺のギャル男とは、
ちょっと雰囲気が違った。


女の方もそう。
金に近い茶髪で、うっすら焼けた肌。
なのにどこか清楚で落ち着いた雰囲気。
顔にうっすら小ジワがあるところをみると、
男の方よりちょっと年上かなぁ…?


そんな事を思いながらルールの説明を終え、
卓に案内する。


「僕も一緒に打ちますんで、
何かわからないことがあったら聞いて下さいね」

そう言うと、二人ともちょっとホッとした顔になった。


「ありがとうございます。
実は、雀荘に来るの、初めてなんス!」
そう言って、男の方が笑顔をみせた。


サワヤカなんだ、これがまた。


「カップルで麻雀を楽しむって、いいですよね。
お名前を伺ってよろしいですか?」


「篠田といいます」


「お連れ様の方は…」


「あ…あたしも篠田なんです(笑)」


「あ、ご夫婦でしたか。失礼しました(汗)
僕は澤山と申します。よろしくおねがいします」


なるほど。
そこら辺にタムロしてるやつらとは雰囲気が違うワケだ。


家庭を築いてるんだもんな。



打ち始めると、やはり二人とも手つきがおぼつかない。
しかし少し経つと余裕が出てきたのか、
ダンナさんが話しかけてきた。


「澤山君っていくつなの?学生さん?」


「はい、大学生です。年は19です」


「まだ未成年なんだー。
こんなとこ…は失礼だね、
でもここでバイトしてて大丈夫なの?」


「いやぁ…大丈夫っていうか…
本来、店が営業してる事自体、
法律的には大丈夫じゃないっていうか…(苦笑)」


「ハハ、じゃぁ澤山君も大丈夫じゃないじゃん(笑)。
でも、僕らにとっては店が開いててくれたほうが嬉しいね」


敬語じゃなくなっても、全く無礼さを感じない。
むしろサワヤカさが強調されて、
すがすがしくなるような話し方だ。


「よくご夫婦で遊びに出るんですか?」


「うん、明日の朝もサーフィンしに行く予定でさ、
それで興奮して眠れなくなっちゃって。
昔からオレ、ほら、遠足の前とかさ、
ワクワクして眠れないのよ」


「へぇ、サーフィンですか!
よく行かれるんですか?」


「うん、毎週のように行ってるよ。
こいつとの出会いも九十九里だしね」

指をさされた奥さんが、ニッコリ微笑む。



…納得その2。
日サロじゃなく、本物の太陽で焼けた肌。
潮風を浴びまくった体。


そりゃぁ、二人ともサワヤカな訳だ。




その日以来、篠田さん夫妻は、
毎週のように店に来た。


どうやらオレを気に入ってくれたらしく、
彼らは初めての、
「オレ」に会いに来てくれる客になった。


オレ自身、篠田さん夫妻に会うのが本当に楽しみだった。
海の側で育ったせいかもしれない。


初夏の深夜、蒸し暑さが際立つ店内に、
彼らはいつも海の風を運んできてくれたのだから。



そして何より、
彼らは本当にいい夫婦―
というか、つり合いのとれた夫婦だった。


何度か一緒に打っていてわかったのだが、
ダンナさんは、勝負が終われば
勝っても負けてもサバサバしているが、
勝負の最中は熱くなってガンガン行くタイプ。


逆に奥さんは、
冷静に一歩引いて全体を眺めている感じ。



―あぁ、きっとこの二人は、海でもこうなんだろうな。


荒い波にどんどん向かっていくダンナさん。
それを心配そうに見つめながら、
自分の乗る波を選ぶ奥さん…。


なぜか、少しホッとしたオレがいた。





そんな週末が三ヶ月ほど続き、
残暑も終わろうとしていた季節のある日。


いつものように篠田さん夫妻は二人で来たのだが、
ダンナさんが松葉杖をついていたのである。


「篠田さん、どうしたんスか!?」


「いやぁ、ちょっと無茶しちゃってさ…」


聞けば、骨折してるとのこと。
心配だったが、
オレにできるのはそれだけで、
雀荘に来てできることは麻雀しかない。


とりあえず打ち始め、
一半荘(ゲーム)目が終わると、
オレとダンナさんがトイレに立った。


「いやさ、実はあいつ、
オレが骨折してからあんま口きいてくんなくてさ…」


「でも、一緒について来るってことは、
やっぱ心配してるんじゃないッスか?」


「だよね?やっぱ愛されてんだよな」


…ちくしょう、こんなクサいセリフを
サワヤカにサラッと言えちゃうアンタ、
かっこいいいぜ。


「…結局ノロケじゃないッスか(笑)」


「ハハ。…そう、話変わるけど、実はさ、
オレら、四国に引っ越すんだ。転勤でね」


「え?四国…」


「うん、だからさ、
澤山君にも会っておきたいなぁって」


…やっぱ、かっこいいよ、ダンナさん。
そりゃ、奥さんも惚れるよ。
折れた足引きずって、
オレなんかに会いにきちゃってさ…。


「寂しくなるけど…
オレ、サーフィンはやらないけど、
海が恋しくなる人種ですから。
きっと、またいつか会いますよ。
海か雀荘で、ね」


「だよね!よし、今日はとことん打つよ!」


「奥さんに叱られない程度にですよ(笑)!」


松葉杖をついてトイレを出るその後ろ姿は、
なぜかたくましく見えた。



…そう、連絡先の交換なんて、しなくていい。


きっとまた自然に、海の風と麻雀牌が、
オレとこの夫婦を引き合わせてくれるだろう。



彼らとの出会いが、そうだったように。





今日も彼らは、きっとどこかの海に出てる。
そしてたぶん、10年後も、20年後も。


ダンナさんが、サワヤカに笑ってる。
奥さんが、優しく微笑んでいる。


海の波と、潮風に包まれながら。

はじめの一歩

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   …たぶん、何度も堕ちていくんだろう。

   …たぶん、何度も汚ねぇアスファルト舐めるんだろう。


   気だるい風、肩できりながら。

   何もかもカッタりぃ、そう思いながら。


   でも、やっぱり歩くしかねぇんだろう。



   …オレには、エンジンも翼もないからね。

そりゃそうだ。

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      世の中基本は多数決。

      んでもって、

      ちょっとおかしいオレは、

      大体少数派。


      グチったってどうしようもない。

      そりゃま、納得いかない事が多いのも…


      しょうがないよネ。