吹き溜まりの雀たち -3ページ目

もう、戻れない

♪お手手 つないで 野道を行けば
 みんな 可愛い 小鳥になって…




「おぉい、コーヒー!」
今日もまた、店中にガラの悪い怒鳴り声が響き渡った。


声の主は黒田さん。
三十歳をちょっと過ぎた、ホストの兄ちゃんだ。
金のネックレスにヴィトンの財布、アバハウスのスーツ。


「コーヒーお待たせしました!」
「おう。…ったくよォ、シケた席に案内しやがって。
全然あがれねぇじゃねぇか」
周りの客から一斉に「席のせいかよっ!」と心の声で
ツッコミが入る。
オレとしては、

黒田さんが半分冗談で言ってるのがわかっているので、
「はは…まぁ、黒田さんなら大丈夫ですよ」
と愛想笑いを浮かべてその場を離れる。これでOK。


…ま、半分本気なのがこの人のアブナイところなんだけど。



黒田さんは、誰に対しても常にこんな口調だった。
年上、社長、おかまいなし。
無礼、生意気、デカい態度。


他の常連客から嫌われていたのは言うまでも無い。


当然、ウワサも悪いものばかりだった。
…といっても、普通ウワサというのは誇張されるものだが、
黒田さんに関する事の場合、
事実の方がけっこうイッちゃってるもんだから、
誇張のされようが無かったのだが。


ウチの店で人気者の、

女の子のメンバーが酔わされてヤラれた。
ヤーさんの女に手を出して大モメし、

車が一台オシャカになった。
黒田さんに貢ぎ続けた女が「消え」た。
結婚歴と離婚歴は共に三回。


…大抵の事は女絡みだった。



そんな黒田さんと打っていた、ある日のこと。
ふいに、黒田さんが話しかけてきた。
「お前ってさぁ、なーんか田舎くせぇ顔してるよなぁ」
…。
一瞬ムッとしかけたが、
確かにオレは、

「ド」がつくほどの田舎者なのだからしょうがない。
「ハハ…確かに、実家は北海道の小さな港町ですからね」
曖昧な表情でオレはそう言った。
すると、黒田さんの表情がふと緩んだのである。
「そうか…。まぁ…、オレも田舎モンなんだけどな」
「あ、そうなんですか?」
「あぁ…、すげぇ田舎でよ。

周りは田んぼと林しかなかったな。
毎日、あぜ道歩いて学校行ってたよ…」


驚いた事に、
黒田さんのいつもギスギスしていた表情から毒気が抜け、
常にギラギラしている目は穏やかに瞬いていた。


…またすぐに、いつもの表情に戻ってしまったのだけど。


絵に描いたような「嫌なヤツ」が一瞬見せた、意外な表情。
何種類もの顔を使い分けるやり手のホストが見せた、
おそらく女の前では絶対見せない表情…。




―そんなことがあってから、数ヶ月の後。


いつの頃からか、黒田さんは店に来なくなっていた。
だが、誰もそんな事を気にする者はいなかったし、
オレ自身黒田さんの事はすっかり忘れていた。


そんな折、ある常連さんとの会話の最中に、
黒田さんの名が出た事があった。


「サワちゃん、黒田ってやつ覚えてる?」
「あぁ、あのホストの…」
「そうそう。あいつ今さ、
高レート(賭け金)の店で打ってんだよ。
でも、相変わらずナマイキでさぁ…」
黒田さんが高レート?
あの人は正直なところ、麻雀は強くない。
なのに高レート店に通い続けられるってコトは…。


聞くところによると、
黒田さんは四度目の入籍をしたということだった。
今度のお相手は、17歳のソープ嬢だとか。


…オレは驚きよりも、妙な納得感を覚えていた。
驚いていたら、キリが無かったからかもしれない。
―やっぱり、新しい金ヅルを見つけたってワケか…。


オレの目が、自然と窓の外に吸い込まれる。


街の紅い光と混ざり合った、
くすんだ夜の闇がそこにあった。




女を喰い、人を喰らって生きていく。
いつの日か、自分が喰われるその日まで。


蒼い光と緑の空気、土の匂いに包まれたあぜ道には、もう…
戻れない。

白い世界

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        時々、目の前が真っ白になる。

        クスリいらずのnatural trip

        健康的だね―


        行く? イク? それとも逝く?

蝉のフライング

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     「あれ?まだ梅雨前じゃねぇ?

     …ってか4月じゃん!!」


     「よぉ…あんたも早く来過ぎちまったのかい」


     「おっ…おい、テメェ何落ち着いてんだよ!?

     どこにもメスいねぇぞ!ワカってんかよ?

     俺ら、あと数週間で死ぬんだぞ!?」


     「んなこたぁワカってるよ。

     それでも、

     俺らにできることは一つしかねぇだろう?

     鳴こうぜ。…精一杯。

     その時が来るまで、な…。」

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    其処は、誰にでもあるものではない。

    …いや、全ての者に存在するが、

    辿り着ける者は一握りしかいない。


    それ故、

    ある者はドラッグをキメちまい、

    ある者は神と己の同一化をはかり、

    ある者はスピードと爆音に身を委ねる。


    遥か崇高なるその領域。


    …どこまで、近づけるのだろう?

天国の卓上で

死ぬまで好きな事をやり続けて、

ニコニコ笑顔のまま死んでいく。

 

…最高の人生だと、思わない?

 

 

 

 

 

夏の日差しが微かにやわらいで、

草木の緑が薄くなっていく季節の、

ある日のこと。

 

一人の老人が店のドアを開けた。

 

「あれ、北村さん!お久しぶりです」

 

「うん、今日は天気がいいねぇ」

 

その老人、北村さんは、一ヶ月前と変わらない、

ニッコリとした微笑みを浮かべて待ち席に腰を下ろした。

 

 

 

北村さんには、

メンバー達の間だけで使われるアダ名があった。

 

通称、「キタじい」。

 

そして、キタじいが店にしばらく来なくなるごとに、

オレ達の間ではあるウワサがいつも飛び交った。

 

『キタじい死んだ説』。

 

そう、この一ヶ月間も。

 

 

 

 

 

キタじいは、昔からの常連だったらしい。

オレが「藤沢」に入店する相当前から通い詰めているとのことだ。

 

とにかく麻雀が好きで、

いつも財布の金が無くなるまで打っていた。

それでも、

年金を使い込んでいるのか貯金をくずしてくるのか、

一週間もするとひょっこり現れてまた財布を空にして帰っていく。

 

「いやぁ、今日はやられちゃったねぇ」

 

帰るときはいつもニコニコ笑顔とこのセリフ。

「『今日も』だろ!」

「頼むから店の中でポックリ逝かないでくれよ…」

と、こんな思いは胸の中に押し止め、

 

「また来てくださいね!」

 

オレも満面の笑みでお見送り。我ながら、商売上手。

 

そしてキタじいはフラフラしながらヨボヨボの足を一歩ずつエレベーターの中に押し込め、最後にまたニッコリ笑って帰っていく…。

 

 

 

その帰り際が、何というか…

今生の別れ、三途の川の向こう岸に渡る前…

そんな雰囲気を毎回かもし出しているもんだから、

「あれ、前に来たときからもう一週間くらい経つよね…」なんて話が出ると、

「死んだんじゃねぇか?」という結論に至ってしまうのである…。

 

 

 

何だか切なくなる話だが、本当のところ、

キタじいが店に来なくなると喜ぶ客が大半だった。

 

理由は、キタじいが卓に入ると麻雀にならないから。

 

 

 

「藤沢」は低レート(賭ける金額が低いということ)の店なので、金を稼ぎに来るという客はほとんどいない。

もちろん負けるよりは勝つほうがいいにきまっているのだが、何よりも麻雀の内容を楽しみに来る客が大半なのだ。

 

 

 

それなのにキタじいときたら、

手がブルブル震えているので牌をまともに掴めない、

店のルールもよくわかってない、

何より打つのがやたら遅い。

 

そして最も怖いのが、

対局中に目をつぶって止まってしまう事…。

 

もちろん全員ビビる。隣の卓の客もビビる。

むしろオレの心臓が止まりかける。

 

「か、帰って来い!」

 

店中の想いが一致する瞬間だ。

…まさに、麻雀どころではない。

 

 

 

だが、自分でも不思議だったが、

オレはキタじいと麻雀をするのがイヤではなかった。

 

もちろん、麻雀をしている、という気にはなれなかったけど。

 

何故か、麻雀が終わったあとのあの笑顔をみると、自然に頬が緩んだ。

 

 

 

きっと、キタじいは長い人生の中で、

たくさん勝ったり負けたりを繰り返してきたんだろう。

いや、むしろ負けのほうが多かったのかもしれない。

 

たぶん、そんな中で行き着いたあの笑顔。

 

キタじいの、人生の軌跡。

 

…オレもいつか、あんな笑顔ができる日が来るのだろうか。

 

 

 

 

 

一ヶ月ぶりに来たその日のキタじいは、

おかしな音の咳をしていた。

 

いつものように負け、いつものように笑顔で帰って行く。

 

 

 

…そしてそれから、二度と店に来ることはなかった。

 

 

 

今度は本当に逝っちまったのか。

キタじいが別の店で打つなんてことはまずない。

大体、半分モウロクしたジジィなんて打たせてもらえないハズだ。

 

ということはやっぱり…。

 

 

 

いずれにせよ、オレが生きているうちに会う事は二度とない、というのは間違いなさそうだった。

 

 

 

オレは頭の中で、

布団に横たわって死を迎えるキタじいを想像した。

 

その顔には、あの笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

いつの日かまた、一緒に卓を囲もう。

今度は、あっちの世界で。

 

…ね、キタじい。

 

 

想い

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                            let me wish shooting star

                            this is really from my heart

                            what I see here in front of me

                            wish I could accept

                            let me wish shooting star

                            this is really from my heart

                            everyone who is in my life

                            wish I could believe

 



                                    Hi-STANDARD「starry night」

empty pandora's box

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           真相という名の蓋を開けてみれば、

 

           ウス汚れた現実が煮立っていた。

 

 

           結局、

 

           キラキラ透明な日々に憧れて信じようとしたオレが、

 

           一番バカで汚れていた。

自問自答の夢の国

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     知って良かったのか?

     それとも、胸をえぐるくらいなら知らない方が良かったのか?


     …混沌としたリアルおままごとの世界にようこそ。

     さぁさぁ、リアル遊園地はこちらになります。

     苦痛と苦悩、永遠のメリーゴーランド、
     料金はかかりません…。

熱ッチィ!!(3)

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「金井さん、彼女と結婚とかしないの?」


金井さんには、風俗嬢で子持ちの彼女がいるのである。

そのことは以前から知っていた。

だがそのことについて色々聞いた事はなかったのだ。

「いやー、今の給料じゃ無理っしょー。

あいつ子どもいるしね。それにほら、あいつ他にも男いるし」

「はい??」

金井さんのあまりにもサラっとした言い方に、

オレは面食らってしまった。


「だからさ、あいつが付き合ってるのはオレ一人じゃないわけよ」

そう話す金井さんは、どういうわけかいつもの口調に戻っている。

「はぁ…」

二股を知ってて容認…どうにもオレには理解出来なかった。

「ほら、あいつ子どもいるだろ、だからさ、

あいつの給料だけじゃどうにもならないワケよ。

でさ、パトロンっつーのかな、

要するに金の世話してくれてる男がいるのよ」

「…それで、金井さんは平気なの?」

「だってオレの稼ぎじゃどうにもならないだろ?

でさ、普通に考えたら、

あいつはその男と一緒になっちまえばいいはずじゃん。

それがさ、あいつはオレと離れられないワケよ。

オレがいないとダメだっていうんだよ(笑)」


自慢げに、嬉々として金井さんはいつものペースで喋り続ける。

「オレが惚れてるんじゃなくて、あいつがオレにべた惚れなのよ。

金のことがあるからその男とは離れらんねぇんだけどね」

「はあぁ…」


金井さんも彼女にべた惚れなんじゃないの、

というセリフはどうにか喉の奥に押し込んだ。

金井さんはまだ何事か話し続けている。

適当に相槌をうちながら、オレは外の暗闇に目を向けた。


そういう、恋愛もあるのだろう。

自分はまだ子どもすぎて理解できないけど。

体じゃなくて心、ってコトなんだろう。

もしくは同じ体でも表面と奥の部分の違い、てコトか。

濃い人生を歩んで、体がボロボロになるほど辛酸を舐めてきた人が、

そこんトコを分けて考えられるんだろうな。


大体、金井さんの彼女は、仕事で毎日違う男のモノを咥えてるワケだし。

他の男に抱かれても、心と体の深い部分が自分のところにあればいい、と。

…うーん、やっぱりオレには無理だろうな…。


そんな事を考えながら静かになった運転席を見ると、

金井さんはすでに眠っていた。

…全く、この人は眠るのまで速い。


フッ、と小さなため息をつき、オレも体を後ろに倒し、タバコに火をつけた。


それにしても…と思う。

金井さんクラスは無理だけど、

惚れて、惚れられてりゃ他の事は大して気にしない、

そんな考えをもっとできていたら、

オレも今まで付き合った女との接し方が変わっていたのかな。


綺麗なモンだけ求めても、どうにもならない。

奇麗事じゃ、やっていけない。

汚い事だって、やらなきゃ生きていけない。

大人になるってこと、それは汚い事も覚えていくということ。

だけど、汚いものにまみれても綺麗なものを見失わない、

それも大人になるってこと。

そうはいっても、きれいなものを見失わないって事は…


思考がメビウスの輪になりかけたところで、

オレの意識も徐々に薄れていった。


…一時間後、

仮眠どころか熟睡してしまったオレたちは大急ぎで店に戻り、

残りの時間を気まずい空気の中で仕事する羽目になったのだった。



オレが「藤沢」を辞めてから一年ほど後、

金井さんが店を辞めたという話を聞いた。

結婚して田舎に引っ込んだのだという。


金井さんの結婚相手が、この話の風俗嬢なのかどうかは知らない。

でも、相手がどんな女だろうと、

あのオッサンは「あいつがオレに惚れてんだよ」と、

ニヤけた顔でうそぶいているだろう。

そんな事を言いながら、家族を養うために、

真っ当な仕事に就いてテキパキ働いているに違いない。


そしてきっと、

気に入らないことがあると「熱ッチィ!」と叫んでいるのだろう。


辺りに響き渡るウルサイ声で、ね。

ヒロシです。


「引きこもるお金がなかとです…」

笑った後、その通りだなぁとしんみり。

金がなけりゃ、イヤでも外に出て
働かなきゃなんない。


…引きこもってるヤツって、恵まれてるよなぁ。