吹き溜まりの雀たち -4ページ目
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塗り潰すように


「王子様」を夢見てるような娘をみると、
思いっきり汚してやりたくなる。

ぐちゃぐちゃになった後、
それでもその娘が綺麗なままだったら…

本気で惚れちゃうかもね。

テクニック


オレはあまり人を嫌いにならない。

「嫌いになりそう」って思ったら、
壁を造って感情や意識をシャットダウンするから。


…愛想笑い、けっこう上手くなったよ。

デスノート

…ホントにあったら、誰の名前書こう?

あの犯罪者?

それとも、憎たらしいアイツ?


…最初に、自分の名前書きそうで怖いよ。

熱ッチイ!!(2)

(熱ッチイ!!(1)へ戻る)


三十歳を過ぎてからこのような厳しい世界に入ったという事だけで、
今までの金井さんの人生が他人に羨ましがられるものから
かけ離れていたことは容易に想像できる。

ある日、金井さんが三十八度以上の熱を出して
ふらふらになりながら仕事をしていたことがあった。
「金井さん、明日、とりあえず病院行ってきなよ」
とオレは言ったのだが、金井さんの返答は、
「だって保険証ねぇし」
とだけ。
…なんで無いの、という質問をするのはためらわれた。
なんとなく、その理由を想像することで納得し、
オレは自分の中で「お大事にね」と付け加えることにした。
「保険証貸して」というお願いは丁重にお断りしたが。

「藤沢」は、朝番が十時から二十二時まで、
夜番が二十二時から十時まで、
という二組のシフトである(あ、深夜に営業してるのは当然違法ね)。
この十二時間労働は当然の事ながらつらい。
しかも人数はいつもギリギリなので、
簡単には休んだりできないのである。

体力の峠を超えた三十過ぎの、おっさんに片足をつっこんだ体には、
相当負担がかかることは疑いようもない。
それでも金井さんは、文句を垂れ流しながら、
毎日誰よりもテキパキと働いていた。

そして負けるといつも、店中に響く声で「熱ッチィ!」と叫んでいた。


そんな金井さんが、
自分の身の上について少しだけ話してくれたことがあった。
それは、二人でビラ撒きに行ったときの事。
といっても、
オレたちが働いていたのは夜番なので道行く人に手渡すのではなく、
皆が寝静まった人気の無い団地の郵便受けなどに、
手当たり次第放り込んでいくのである。

仕事も話すスピードも飯を食うのもとにかく速い金井さんのペースに、
私はひたすら振り回されていた。
急いでいた理由は他にもあって、
深夜の暗闇にうごめくあからさまに怪しい二人組が警察に見つかると、
面倒なことになるのは目に見えていたからである。
オレたちは一時間も経たずに全てのビラを配り終わっていた。

それじゃぁ、ということで
車の中でしばらく仮眠を取ってダラダラすることになった。
まぁ、サボリと休憩の間みたいなものだ。
大体、店が暇だからビラ撒きに来たわけで、
さっさと仕事を終わらせて店に戻ったところで、
することもなかったのである。

「澤山ぁ、おまえさ、なんでうちの店で働こうと思ったわけ?」
後ろに大きく倒れた運転席のシート、
それに体をあずけていた金井さんが唐突に聞いてきた。
全く、この人の質問はいつも唐突である。
「え…あぁ、まぁ…彼女と別れて、
そんでまぁ…なんつーか、普通に飲食店でバイトして、
テキトーな金もらう…ってのもかったるくなっちゃって。
ちょうど、授業も少なくなってきてたしね。
彼女いねぇし、
ギャンブル漬けの生活してたって別に問題ないじゃん?
って感じです」

「はは…まぁ、おまえはまだ学生だしな…」
そういって、金井さんは珍しく語尾を濁らせた。

「金井さんは?」
オレはなんとなく会話の流れで、
それまで聞きたくても聞けなかった事を自然に口にしていた。
「なにが?」
「いや、うちの店に入った理由っす」
「あぁ、んー…まぁ、オレもいろんな仕事やったけどな。
トラックの運ちゃんとか、キャバクラのボーイとかね。
うーん…田舎からこっちに出てきて、まぁ、色々あったわけよ。
この業界ならめんどくさい事情とか聞かずに雇ってくれるしね。
それにまぁ…そりゃ当然、麻雀が好きだったワケだけど」

質問に答えているようで、はぐらかしたような言い方だった。
しかしオレはそれ以上突っ込むことはせずに、
別の、かねてから疑問に思っていた質問をすることにした。

(熱ッチイ!!(3)へ続く)

こんな一時を、心から

何も予定の無い一日の朝。

いつもなら気にも留めない、
ベランダから見える木を10分ほど眺めていた。

別に特別美しいわけではない。

そういうものを眺めていられる余裕…


大事にしたいな。

まだ、…

怒った顔は忘れても、
笑った顔は忘れられない。

触れ合った肌の感触は消えても、
触れ合った肌の温度は消えてくれない。


…まだ、残ってる。

煙の中に

もう、7~8年このタバコ。

「不健康、体に悪い」
…てかオレの生活、体にいいこと探す方が難しい。

いろんなトコが汚れてる。

だけど何か一つ、確固たる綺麗なものがあれば…


それで、いいんじゃねぇ?

熱ッチイ!!(1)

オレが雀荘「藤沢」で、バイトを始めて二日目のことだった。
使い終わった卓の、牌掃(はいそう/牌を掃除したり、自動卓のメンテナンスをすること)をしていた時のことだ。


まだ仕事に慣れているわけもなく、手つきもおぼつかない。
そんなオレの下家(しもちゃ)側(卓に座った時の右側)に、社員の金井さんという人が腰掛けた。
「麻雀、うまくなりたい?」
唐突に、金井さんは聞いてきた。
「はい、なりたいです」
突然質問されたオレとしては、当たり前で飾りっけのない答えだが、
こう答えるしかない。
「そうか。あのな、メンバー(店員のこと)として『麻雀がうまい』ってのはさ、ただ勝ちゃあいいってワケじゃないのよ。
お客さんに認められて、初めて『うまい』ってことなのね。
お客さんに認めてもらうには、牌を扱う手つき一つとっても、
しっかりしてなくちゃいけない。
でさ、この牌掃はさ、牌をなめらかに扱う練習でもあるワケよ。
だから、がんばってやりな。目標は、十分で終わらす。
そうやって一つ一つがんばっていけば、絶対、麻雀うまくなるから」

金井さんが早口でまくし立てる間、オレはただ、うなずきながら聞いていた。

それからの日々、オレは時計を見ながら牌掃をするようになった。
十分で終わらせても、牌が汚なかったら何の意味も無い。
初めのうちは、どんなにがんばっても十五分を切ることすらできなかった。黙々と、時計と格闘し続ける日々。

数ヵ月後、オレは十分もかからずに牌掃を終えることが出来るようになっていた。

金井さんは、オレが入店した時点で、まだキャリアは半年ほどだった。
年齢は34歳。
オレの目から見ても、お世辞にも麻雀がうまいとは言えなかった。

にもかかわらず、先ほどのような言葉が出てきたのは、
体験からの実感だったからであろう。

この仕事は、麻雀で勝てなければ本当にツライ。

店のシステムとしては二本立てで、まず一つは客が団体で来て、
店が卓を貸す「セット」。これはカラオケなどとほぼ同じシステムで、
一卓一時間○円、というふうに客は料金を支払う。
もう一つが、客が一人や二人、要は麻雀ができない人数で来て、
それらの客が集まって卓をたてる「フリー」である。
こちらは一半荘(はんちゃん/一ゲームのこと)につき、「藤沢」では一人が四百円支払う、というシステムだ。

このフリーは当然、客が四で割れない人数になる場合がある。
この時、メンバーが人数を合わせるために麻雀に参加する。
客に注文される飲み物や食事を運ぶだけでなく、
このもう一つの仕事があるために、「店員」ではなく「メンバー」と呼ばれるのである。
この、麻雀に参加する仕事を本荘(ほんそう)という。

この本荘が大変なのだ。
当然、麻雀で勝ったり負けたりした分は、給料にそのまま反映される。
これだけ聞けば、プラマイゼロを目指せばいいように聞こえるのだが、
実はそうではない。
メンバーも客と同じように、一ゲームにつき四百円を支払わなければならないからである。

確かに客と同じ条件ではあるのだが、客は金がなくなったり、
疲れたらやめればいい。
しかし、メンバーは客が4の倍数にならない限り、
半強制的に打たなければならないのである。

例えば、月に百半荘打ったとする(これでも少ない方)。
するとゲーム代だけで四万円マイナス、
つまりマージャンで月に四万円勝って初めて「プラマイゼロ」なのだ。
しかもただ勝てばいいのではなく、
客の気分が悪くならないように勝つ、
という相当にやっかいなハードルを越えなければならないのである。

(熱ッチイ!!(2)へ続く)

夜と人の闇を見つめて

二十一時二十一分。
オレはいつものように電車に乗った。街の中心部に向かう電車だ。

電車の中はガラガラ。ポツポツと、水商売風の女性が何人か座っている。
その一人が、ちらりとこちらを見た。
どちらからともなく、お互い目をそらす。
特に何があるわけでもない、窓の外を眺める。
少しずつ、人工的な光が増していく。
いつもと変わらない、よどんだ風景がスクロールしていく。

自宅最寄の駅から四駅、歓楽街にほど近い千葉中央駅で降りる。
改札を出ると、いきなり怒声が聞こえてきた。
見ると、サラリーマン風の男二人がののしり合っている。
普段は上司や得意先にぺこぺこ、酒が入ってそのうっぷんがお互い一気に噴き出した…と、これはオレの想像だ。

駅を出ると、いきなりスーツを着た客引きの男に声をかけられた。
「おにいさん、いいおっぱいあるよー」…苦笑しそうになるのをこらえて、足早に通り過ぎる。
と、今度は東南アジア系の女性が声をかけてきた。
「オニイサン、イイコトシナイ?」
これから、こっちも仕事なんだってば。

もう、バイトを始めて一年半ほどになった。
駅から店までの数分、ここの様子は変わらない。
あるいは、毎日変わっているともいえるかもしれない。
そんなこの道を歩くのも、今日が最後かと思うと、なんだかちょっと寂しい気がする。

いろんなことがあった、いろんな人がいた。
たった一年半で、本当に多くの人に出会い、交流を深めることができたのは、はっきりいって驚きだった。

夜の歓楽街は、人間の二面性、もしくは多面性を強く感じる場所だ。
酔っぱらったサラリーマンが、まるでヤクザのようにふるまう。
明らかに怖いお兄さんが、満面の笑みで店に誘う。
学校じゃ、案外いい子なんじゃないかなぁ…という印象の女子高生が、制服でナンパ待ちをしていたり、間違いなく不倫だろう…という、片方しか指輪をしていない、中年男性と若い女性のカップルが、手をつないでいたり。

不純、非道徳的、汚い…当たり前だろ?人間なんだから。
黒夢ってバンドの曲の歌詞にあったよな、『おとなしい顔してるほど裏で醜い顔だすから』。

「よう、サワちゃん」うつむいて考え事をしていたところに、いきなり声をかけられ、オレはハッと顔を上げた。
気がつくと、もう店のあるビルの下まで来ていた。

「ボーっとしてんなぁ。まだ眠いの?サワちゃん、今日が最後って聞いたからさ、ひさびさに来てみたよ」
「ありがとうございます。まだ起きて一時間も経ってないもんで…」
声をかけてきたのは、常連客の高田さんだった。
ひさびさ、といってもせいぜい一ヶ月ぶりくらいだろう。
その程度の期間を「ひさびさ」といってもらえるのは、うれしいことだ。

二人で一緒に、エレベーターに乗る。
「今日が最後っつっても、負ける気はさらさらないからね」
「オレだって負けませんよ(笑)」
高田さんと話すのも、今日が最後になるかもしれない。
店に来なくなるどころか、行方不明になる人だっている。
いつか自分が客として訪れたとき、高田さんがいる保障はない。
エレベーターが、店のある六階で止まった。

さぁ、最後の出勤だ。
気を引き締めて、オレは「雀荘 藤沢」のドアを開けた。
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